ほとんどの美術好きの人がはまってしまう画家、19世紀イギリス、ヴィクトリア朝絵画の巨匠ウォーター・ハウスの絵をご紹介します。ウォーターハウスって名前もいいですよね!
ウォーターハウスが描いた神話や聖書、中世の物語を生きる女性たち、彼女たちは文句なく美しいのですが、必ずしも幸せそうではありません。美しさにおいてすごい存在感を放っているのですが、なぜか儚い風情を漂わせています。
あるときは男を惑わせ不幸にするファム・ファタールだったり、またあるときは男に翻弄される薄幸の女(ひと)だったりします。
それでは、ウォーターハウスの美しすぎる絵画の世界をごいっしょに鑑賞していきましょう!
ウォーターハウスっていつの時代の人?
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスはテート・ブリテンの至宝《オフィーリア》を描いたジョン・エヴァレット・ミレイ(1829 – 1896)やダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(1828 – 1882)たちラファエル前派より少し後の世代のイギリスの画家、19世紀後半から20世紀初頭に活躍した画家です。
ラファエル前派第三世代として扱われることもありますが、ラファエル前派という枠を離れてヴィクトリア朝の画家と言った方が適切かも知れません。
ジョン・エヴァレット・ミレイ 《オフィーリア》
1851 – 1852年 油彩/カンヴァス 76.2 x 111.8 cm テート・ブリテン ロンドン
ヴィクトリア朝って?
ヴィクトリア朝(ヴィクトリアちょう)は、イギリスのヴィクトリア女王(在位:1837年 -1901年)の時代です。
19世紀後半ですね。(日本でいえば、江戸末期から明治中期くらいです)
イギリスのこの時代は産業革命による経済の発展が成熟に達した大英帝国の最盛期で、文化芸術も爛熟期を迎えました。
この時期、絵画の分野で大きな影響力を持ったのがラファエル前派です。彼らの作品は日本の洋画にも大きな影響を与えました。例としては、青木繁の《わだつみのいろこの宮》(下左)や藤島武二の《天平の面影》(下右)が挙げられます。
ラファエル前派とは?
イギリス美術の権威として君臨したロイヤル・アカデミーの付属美術学校の学生たちが、保守的な絵画以外を認めないアカデミーの権威主義に反発して1848年に結成したグループとその運動を指します。
彼らは、保守的なアカデミーの象徴となったラファエロ(英語ではラファエル)以前の初期ルネサンスや中世の自然観察に基づく、プリミティブで誠実な画風に回帰しようという主張し、ラファエル前派兄弟団(Pre-Raphaelite Brotherhood、略してP.R.B.)を結成しました。
創設メンバーはジョン・エヴァレット・ミレイ、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティとウィリアム・ホルマン・ハント(1827 – 1910)の3人です。
彼らは聖書や古代神話、中世の伝説や文学、詩などにインスピレーションを得た絵を多く描きました。
ラファエル前派第2世代(後期ラファエル前派)
ラファエル前派はジョン・エヴァレット・ミレイの早くからの離脱(アカデミーへの回帰)やモデルとなった女性をめぐるロセッティとハントの愛憎劇もあり、長くは続きませんでした。
ただ、オックスフォード大学の学生でともに美術に興味を持っていたウィリアム・モリス(1834 – 1896)とエドワード・バーン・ジョーンズ(1833 – 1898)はロセッティの影響を受けて美術家として活動するようになります。
ウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動は20世紀モダン・デザインの源流とも言われ、バーン・ジョーンズはラファエル前派の集大成もいうべき象徴主義的な大作を描きました。
彼らは後期ラファエル前派第二世代とか後期ラファエル前派と呼ばれます。
ウィリアム・ウォーターハウス
モリスやバーン・ジョーンズよりさらに後の世代のウォーター・ハウス(1849 – 19017)は神話や詩に登場する女性像を多く描き、そのどれもが独特の詩情にあふれ、造形的にも高い完成度を誇る作品ばかりです。
絵のテーマがラファエル前派的なので、ラファエル前派第3世代と言われることもありますが、むしろラファエル前派が反発したロイヤル・アカデミーを中心に活躍した画家です。
イギリスでは超有名な巨匠ですが、日本ではまだ知る人ぞ知るといった存在にとどまっています。これまで《ヴィクトリア朝の絵画》あるいはラファエル前派関連の展覧会で僅かな作品が紹介されたくらいで、大規模なワンマンショーが開催されていないのが原因です。
ウォーターハウスのオフィーリア3点
それではまず、ウォーターハウスの《オフィーリア》3点をご紹介します。
あの有名なミレイの《オフィーリア》は気が触れて川に落ちたオフィーリアが、歌いながら流されていくシーンですが、ウォーターハウスの《オフィーリア》では彼女がまだ川に落ちる前の情景が描かれています。
ウォーターハウス オフィーリア 1889年(40歳) 油彩 97.8 x 158.1 cm 個人蔵
(狂気を装った)ハムレットの急激な変貌とハムレットが誤って彼女の父ポローニアスを殺してしまったことで気がふれてしまったオフィーリアは城を出て野原をさまよいます。画面奥には、彼女がこのあと落ちて溺れていく小川が見えています。
オフィーリアの虚で悲しげな表情がこの先の彼女の運命を暗示しているようです。
ウォーターハウス オフィーリア 1894年(45歳)油彩 73.6 x 124.4 cm 個人蔵
野原をさまよった挙句に小川のほとりに斜めに生える柳の木を見つけ、幹に腰掛けるオフィーリア
ウォーターハウス オフィーリア 1910年(61歳) 油彩 101.6 x 61.0 cm 個人蔵
オフィーリアはきんぽうげ、イラクサ、デージーで花冠を作って、枝にかけるために柳の木に上ろうとします。
この後、ミレイの《オフィーリア》に描かれた情景が展開します。
ウォーターハウスの代表作10選
シャロットの女 1888年(39歳) 油彩 183.0 x 230 cm テート・ブリテン イギリス
ランスロット卿との叶わぬ恋に目覚め、彼に会うために閉じ込められていた塔を出て死の旅に出る《シャロットの女》
オデュッセウスに杯を差し出すキルケ 1891年(42歳)油彩 175.0 x 92.0 cm
オールダム美術館 イギリス
トロイア戦争で有名な《トロイの木馬》の策略によりギリシア軍を勝利に導いた英雄オデュッセウス。
故国への帰路、彼は様々な困難に遭遇しますが、これはその1場面。
人間を動物へと変身させてしまう魔法の飲み物を差し出す魔女キルケの妖艶あ美しさが際立っています。
オデュッセウスはキルケの背後の鏡の中に描かれています。
ユリシーズとセイレーン 1891年(42歳) 油彩 100.6 x 202 cm
この絵も《オデュッセウスに杯を差し出すキルケ》と同じく、トロイア戦争の英雄オデュッセウスが遭遇する困難の一場面です。
セイレーンは美しい女性の顔と鳥の体をもち、美しい歌声で船乗りを惑わし陶酔させ、荒海に飛び込ませて溺死させたり、危険な海域に誘って船を難破させたりするという怪鳥です。
彼女らの歌声を聞きたいと思いたったオデュッセウスは部下に命じて自らの体をマストに縛りつけ、部下の船乗りたちには耳を覆う頭巾を被らせてセイレーンの棲む海域に向かいます。この絵はその海域にやってきたオデュッセウスの船が7人のセイレーンに取り囲まれた場面を描いています。
なんとも美しく不気味な姿のセイレーンが現実に存在するかのようにリアルに描かれていますね。
聖セシリア 1895年(46歳) 油彩 116.8 x 195.6 cm 個人蔵
※ロイヤル・アカデミーの最高芸術家員に選出された作品
聖セシリアは音楽の守護聖人です。少し離れていますが、セシリアの向かいには彼女が演奏していたオルガンが描かれ、その両脇には楽器を演奏する天使が描かれています。
ヒュラスとニンフたち 1896年(47歳) 油彩 132.1 x 197.5 cm マンチェスター市立美術館 イギリス
ギリシア神話で、ヘラクレスに愛された美しい青年ヒュラスがニンフたちに誘惑され、水中に引きずり込まれるシーンです。ヒュラスは左手に持った水差しで水を汲もうとしていますが、美しいニンフたちに誘惑され帰らぬ人となります。
南の国のマリアナ 1897年(48歳) 油彩/カンヴァス 114.3 x 72.3 cm 個人蔵
マリアナはシェイクスピアの《尺には尺を》に登場する女性ですが、ウォーターハウスは《尺には尺を》をもとに桂冠詩人テニスンが書いた詩《南の国のマリアナ》に想を得てこの絵を描いたようです。
場面は、婚約者を失い南仏にひとりで住んでいるマリアナが我が身に起こった悲劇とその後の孤独な生活を嘆いているところです。
マリアアナの豊な髪の毛と儚げな表情の対比がいかにも切ない彼女の運命を物語っているようです。
摘めるうちにバラの蕾を摘みなさい 1909年(60歳) 油彩/カンヴァス 100.0 x 83.0 cm
フェアライト芸術財団
17世紀半ばのイギリスの聖職者であり詩人のロバート・ヘリックによる詩《乙女らへ、時を大切にせよ – To the virgins, to make much of time》の冒頭の句、「摘めるうちにバラの蕾を摘みなさい – Gather ye rosebuds while ye may」をヴィジュアライズした作品。
ちなみにye(イー)は英語の古語で、二人称複数形(なんじら)。
バラの魂(私の甘いバラ) 1908年(59歳) 油彩/カンヴァス 88.3 x 59.1 cm 個人蔵
ヴィクトリア朝の桂冠詩人テニスン(1809 – 1892)の詩篇「モード(maud)」に触発されて描いた作品です。
ちなみに、桂冠詩人はイギリスで王室が最高の詩人に与える称号で、テニスンは1884年には男爵に叙せられました。
ーAnd the soul of the rose went into my blood
直訳すると、「そして、バラの魂が私の血の中にはいってきた」
このテニスンの詩は、父親を破産させた金持ちの隣人の娘モードに恋をした男性が、夜通し庭の花々に話しかけるというかなり狂気の香りがする場面を詠んでいます。
一方、ウォーターハウスの絵では女性が主人公になって、バラに顔を近づけています。
バラの香りを嗅いでいるようにも、バラに接吻しているようにも見えますが、おそらくはバラの香り(魂)を嗅いで、目の前にはいない恋焦がれる相手の男性の存在を感じているのでしょう。
見えない相手の体に触れて存在を確かめているかのような左手のポース、なんとも艶かしいですね。
ウォーターハウスの描く女性は美しく、官能的な存在感に満ちていますが、同時にどこか儚く寂し気な雰囲気も漂わせています。
フェア・ロザムンド 1916年(67歳) 油彩/カンヴァス 60.6 x 48 cm カーディフ国立美術館 イギリス
ロザムンドは12世紀のイングランド国王ヘンリー2世の愛人だった女性です。
ヘンリー2世はロザムンドのためにウッドストックに城館を建設しました。王妃エレノアにロザムンドの存在を知られたくないヘンリー2世は城館の内部を迷路のようにさせ、その一番奥の部屋にロザムンドを住まわせました。
しかし、ある日王妃はロザムンドが織っていた織物の糸をたどってロザムンドの部屋にたどりつきます。
ヘンリー2世を待ち侘びて窓の外を眺めるロザムンドの表情と部屋の奥に現れた王妃エレノアの表情の対比が、この後に起こる悲劇を予想させます。
デカメロン 1916年(67歳) 油彩 101 x 159 cm レディ・リーヴァー美術館 イギリス
《デカメロン(十日物語)》は14世紀にイタリア、フィレンツェの詩人ジョヴヴァン二・ボッカッチョ(1313 – 1375)によって書かれた物語集です。当時フィレンツェで大流行していたペストを避けて、7人の女性と3人の男性が田舎の別荘にやってきます。彼らは退屈しのぎに、ひとり1日に1話ずつ物語を語ることにして、10日間を過ごしました。日替わりでリーダーを決めて、その人は王冠を被りました。こうして100話の物語ができあがったのです。ちなみに、この絵で物語を楽しんでいるのは女性5人、男性2人の計7人だけのようです。
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