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「絵を見る力」を鍛えて絵画鑑賞を本当の趣味にしよう!

展覧会が大好き。だけど、「絵画鑑賞が趣味です!」と言うのについ躊躇してしまう。

イデア・ジャポンが企画協力した《ヴェネツィア絵画のきらめき展》の会場風景 
© 2019 hugo’s Ltd.

3年前の若冲展や今年のムンク展、フェルメール展の大混雑をあげるまでもなく日本人は展覧会が大好きな民族みたいですね!

上野の東京国立博物館の1年間の展覧会動員数は世界一とも言われています。

「えっ、ルーブル美術館やNYのメトロポリタン美術館よりも多いの?!」という声が聞こえてきそうですが、これはいわゆる企画展(特別展)のお話です。

常設展だけの来館者数で比べたらルーブルやメット(メトロポリタン美術館)と東博(とうはく、東京国立博物館)では比較の対象になりません。常設展に人が入らないのは東博だけではなくて西美(せいび、国立西洋美術館)でも同じことです。っていうか、日本のほとんどの美術館がそうです。まあ、常設だけで人が呼べる美術館なんて世界にも数えるくらいしかないのかも知れません。でも、インバウンドの観光客が急激にふえているので、東博には常設部門をガンガン拡張して、所蔵品展でルーブルやメットと方を並べるくらいになって欲しいと思います。

話がそれましたが、とにかく最近の主要な展覧会は大盛況です。

ですから、私のまわりにも「絵を見るのが好き」、「展覧会にはわりと良く行く」、「話題の展覧会には必ず行く」という人はたくさんいます。

でも、「じゃあ、絵画鑑賞が趣味なんですね!」と言うと決まって、「いやあ、好きで見に行くだけで、知識とかは全然ないんですよ」とか「絵の良さとかはよくわからないんですけどね・・・」という答えが返ってきます。なんか、自信がなさそうですね・・・

これってどういう現象なんでしょう?

「絵画鑑賞が趣味です」とハッキリ言えないのはなぜ?

展覧会に行くと楽しい。画集を見ていると時間を忘れる。絵の事をもっと知りたくなる。

そこでいろんな美術書を読んでみる。でも、「絵を見る力」(良い絵とダメな絵を峻別する眼力)がついた気がしない。

なぜでしょう?

それは、書店にたくさん並んでいる美術書は、美術史的な説明をしているものばかりだからです。

画家についての紹介や描かれたモチーフの意味など(図像学、イコノグラフィー)については詳細に説明されていますが、絵そのものの見方について教えてくれるものはほとんどありません。それらの本をたくさん読めば絵にまつわる知識はふえるでしょうが、「絵画の見方」(絵画との直接対話、交感法)については、いくらその手の本を読んでも初心者のままです(残念!)。

「絵を見る」ことに関しては相変わらず初心者・・・その自覚があるのでハッキリ「絵画鑑賞が趣味です」とは言いにくいのではないでしょうか。

本を読めば美術史の知識はどんどんふえます。これはこれで趣味のレベルがあがったことになるので、それなりの充足感はあるかも知れません。その状態で、美術館で開催される展覧会に行けば知識面が強化されたことによって、それまでよりはずっと複合的な見方ができるようになっていることでしょう。特に印象派以前の図像学的にいろんな意味を持つ絵画についてはそうだと思います。

でも、それは知識が増えただけで、「絵を見る力」がついたとは言えません!

もちろん、歴史が趣味という人は大勢いるので、「美術史が趣味です」と言うことは可能だと思いますが、私の経験では「美術史が趣味です」という人におめにかかったことはありません。やはり、趣味としてはまずは作品ありきで、知識は二の次ということだと思います。

そこで、「絵画鑑賞が趣味です!」とハッキリ言うためには「絵を見る力」をつける必要があります。

もっと具体的に、「絵を見る力」とは?

「絵を見る力」とは目の前にある作品とダイレクトに対話し、交感し、絵の良し悪しを判断する力です。知識を媒介としないで、絵そのものに切り込んで絵と自分との関係を築いていく力です。もっと簡単に言えば、絵の良し悪しを見抜く力です。絵の良し悪しを見抜く力がつけば、真贋もわかるようになります。

仮に、絵の良し悪しを判断する力がなくても、美術館で開催される展覧会に関して言えば、巨匠のそれなりのクォーリティの作品がセレクションされているので特に問題ないかもしれません。でも、ギャラリーや公募展など玉石混淆作品が展示されている場面ではまったくお手上げです。「やっぱり、私は絵はわかりません!」ということになってしまいます。

美術史ではなく「絵の見方」を学ぶための《〜これまで誰も教えてくれなかった〜『絵画鑑賞講座』》

この講座では、絵画についての美術史的な知識を受け身で学ぶのではなく、「絵を見る」ということはどういう行為なのかということを、出来るだけ多くの作品にそって体験します。

たとえ、近代以前の神話画、歴史画、宗教画のようにテーマにそって描かれた絵であっても、そのテーマうんぬん以前に「その絵が好きか嫌いかそうでもないか」あるいは「いい絵かダメな絵」か、「いい絵」だとしたらどこがいい絵なのか、「ダメな絵」だとしたらどこがダメなのかなど、右脳と左脳をしっかり使って、感じ、考え、想像し、判断します。

そしてそれを言葉にします。

こう言うと、「いい絵とかダメな絵とかどうでもいいじゃん。そんなことより、自分の趣味に合うか合わないかが大事なんじゃないの?要は好きか嫌いかでしょ!」という声が聞こえてきそうですが、それはそれでひとつの絵とのかかわり方だと思います。ただ、この講座を必要としない人ですね。

この講座では、「いい絵だけど好きじゃない」、「そんなに良くない絵だけど、なんか惹かれる」、「上手いけどいい絵ではない」、「下手だけど魅力がある」といういろいろな判断ができるようになりたい、そして自信をもってハッキリと趣味は「絵画鑑賞」ですと言いたい人を対象にしています。

「言葉にする」ことがこの講座の肝。

絵を見て感じたこと、考えたこと、想像したことを言葉にすることがとっても大切です。言葉にすることによって、自分がその絵に対して感じていることの内容が、ただ好きとか嫌いとか、合うか合わないかという「感じ」だけでなく、もっともっと明確になります。そして言葉に出すことによってさらに次の言葉が紡ぎ出される可能性が高まります。それは自分のことだけにとどまりません。他の受講者の方々の発言からもいろいろな刺激を受けたり、気づきをもらえたりします。その気づきの数は、自分の発言+他の人の発言の場合もあれば、自分の発言x他の人の発言となってものすごい数になる可能性もあります。

通常の美術史の講座では、講師の先生の講義をじっと聴いて学ぶのが99%ではないでしょうか?あとの1%は「質問があれば・・・」という機会ですが、へたをすると時間切れで「はい、今日はここまで」となります。あるいは、せっかく「質問のある方?」と言われても「大勢の受講者がいるのに敢えて私が質問するのはいやだな・・・」と慎み深い人はそうなってしまいがちです。結局発言はゼロですね。

「絵を見る力」がどんどん蓄積する。

とは言え、先生の言っていることを全部覚えられれば、知識の吸収は膨大な量になりますよね。でも、普通はしばらくすると大半を忘れてしまいがちです。すうーっと頭にはいってきたことがらは、またすうーっと出ていくものです。

ところが、自分の気づきにしろ他の人の気づきにしろ言葉に出されたことは、「あっ、そうか!」とか、「なるほどそういう考えもあるのか」とか、「この絵は私の趣味じゃないけど誰々はこういう理由で好きなんだな・・・」とか強く印象に残ります。それが自分自身の「絵を見る力」として蓄積していきます。

講師は受講者の発言を引き出す雰囲気づくりのファシリテーター(盛り上げ係)

「え〜なんか言うの、嫌だな」という人もいますが、ご安心ください。そこはナビゲーターである講師の腕の見せどころです。参加者の発言を引き出すための呼び水的なヒントを出したり、皆さんの発言を要約したり、言い換えたりしながら、また、美術史的な知識や展覧会オーガナイズの現場での話などを織り交ぜながら、ディスカッションを盛り上げます。その意味では講師はファシリテーター(盛り上げ係り)ですね。

絵を見て言葉にするというと、なんか最近注目されている対話型鑑賞を思い出す人もいるかも知れません。

いま注目の「対話型鑑賞」(VTS:Visual Thinking Strategy)とは違うの? → 違います

参加者が絵を見て発言するという点では似ていますが、対話型鑑賞では絵画を絵画として美術作品として鑑賞するというよりは、そこに何が描かれているかを観察し、さまざまな想像を巡らせることが重要です。この「対話型鑑賞法」というのは、もともと子供向けの教育プログラムとして開発されたもので、極端に言えば、絵画は能力開発のための素材という扱いになります。

絵のクォーリティ判断は必ずしも一義的にたいせつではありません。

大人のための「絵画鑑賞講座」です。

講師の役割はファシリテーター(盛り上げ係)+ナビゲーター(案内係)になります。

一方、この講座は大人のための「絵画鑑賞講座」です。絵画としてのクォーリティ判断は必須です。作者の芸術的な意図を読み取ることも、読み取れない場合は講師のナビゲーションで理解することも大切です(このあたりから講師の役割はファシリテーター(盛り上げ係り)+ナビゲーター(案内係)

それを自分の感性や趣味との関係性においてどう位置づけるかはもちろん各人の自由です。

具体的に言えば、1回の講座で基本的にひとりの画家の作品を鑑賞します。受講者は誰の作品を鑑賞するか事前に告知されています。その画家について事前に調べてくるか、まったく白紙で参加するかは自由です。現実的にはほとんどの方がぶっつけ本番で参加されます(忙しい大人ですからいちいち調べている時間はありません)。

事前に調べてくると先入観を持ってしまって、絵の鑑賞にはマイナスではないのかという意見もあり得ますが、実際には一回の講座でかなりの多くの絵を見ることになって、その絵についていろいろ発言するので、事前に仕入れた言葉としての知識(先入観)は現実の絵を前にして吹っ飛びます。

そして、あらたにその絵をどう見るかという自分なりの見方が鍛えられます。実際、「その画家についてはそれなりに知っていたつもりだったけど、まったく見方が変わった」という意見や「食わず嫌いだったけど、まだ、好きにはなれないけど、この画家の魅力は理解できた」と言った感想が多く聞かれます。

《〜これまで誰も教えてくれなかった〜『絵画鑑賞白熱講座』》は今月で記念すべき60回目に突入!

2013年の3月に九段下にある都会の寺子屋・プロトマニアで始まりました。

月1回のペースでほぼ連続開催、今月で記念すべき60回目にはいります。

基本的には1回で一人の画家を取りあげます(なかにはフェルメール、藤田、ピカソなどは完全マスターと銘打って3回連続の特別講座にした画家もいます)が、ナビ派やラファエル前派やヴィクトリア朝の画家たちのように複数の画家をとりあげる場合もあるので、おそらく100人以上の画家を取りあげてきました。それでもまだまだとりあげたい画家は尽きません。今年は岸田劉生など日本の洋画家もとりあげるつもりですし、私が2度展覧会を企画に従事したことのある写真家ロバート・メープルソープも取りあげるつもりです。

過去の講座の様子はこちらからどうぞ

 

5月の《〜これまで誰も教えてくれなかった『絵画鑑賞白熱講座』》は

「ウィーン世紀末、夭折の天才画家 エゴン・シーレ」です。

5/26 第60回《〜これまで誰も教えてくれなかった『絵画鑑賞白熱講座』》

お申し込みはこちらから 

 

☆ちなみに、対話型鑑賞講座を体験したい方のための講座も始めましたので、ご興味のある方は下記をご覧下さい。

ビジネスパーソンのための絵画鑑賞講座

 

 

 

 

 

 

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